2009年5月31日日曜日

ゲゼル研究会・東京講演会


斉藤賢爾=著、挿絵=山村浩二、『不思議の国のNEO──未来を変えたお金の話』の出版記念を兼ねた、東京講演会が開かれました。

バックミンスター・フラーは「既存の現実と闘うことではけっして物事を変えられない。何かを変えるためには既存のモデルを時代遅れにする新しいモデルを打ち立てよ」と言った。という案内の文を読んで、行ってみたくなりました。

斉藤さんが慶応大学で教鞭を取っておられる関係で、慶応大学というところに初めて行ってきました。



ゲゼル研究会というのは、地域通貨の生みの親と言っても良いような、シルビオ・ゲゼルにちなんで付けられた研究会です。
発起人の森野さんとは、10年来お付き合いさせていただいていますが、ますます話に熱がこもってくるところが凄いです。



斉藤さんは、コンピューターサイエンスがご専門で、教室ではコンピューターのプログラムやCPUを作ってみたりするそうです。
人類の歴史では、農耕革命から産業革命と変化し、近い将来「デジタルエネルギー化革命」という転換が起こると語っていました。
そのときには、新しい地球規模オペレーティングシステムが必要とも言っていました。
http://www.ipa.go.jp/about/jigyoseika/07fy-pro/mito/2007-0839a.pdf
参照してください。


斉藤さんの話を受けて、森野さんがまたまた面白いお話しをしてくださいました。
「デジタルエネルギー化革命」は高度なネットワーク社会で、日本語で平たく言えば「網状平面の中に自分を置く事」だといいます。
P2P(多極主義・多中心主義)とは自立分散型社会であり、「無極・太極の世界」であるそうです。
森野語録的に言えば、次なる社会は「爆発暴露型社会」という事ですが、これを目撃する瞬間を迎える事が出来るでしょうか。

2009年5月27日水曜日

地下排水路(暗渠)


今年中にセルフビルド二棟目に着手する予定のMさん宅基礎工事が始まりました。

手前の杭の下から上の方を通り、重機に向かって白っぽい砂利が見えると思いますが、これが暗渠です。
原村はシルト層があったり、ローム層が浅かったりして、一番目の地下水が非常に浅いところを流れています。
そのため、基礎の盤面よりも上を流れる伏流水の処理が必要です。
また大雨のときには、地下浸透する量に限りがあるため、ほとんどが表流水として流れてきます。
建築においては、それらに対して総合的な処理方法を考えなくてはなりません。

水は、無くてはなりませんが、あり過ぎても困るものです。
近年地球環境の影響なのか、アンバランスという事がいろんな場面で見受けられ、意識的に調和を求めるように促されているように思います。

私たちの仕事も調和に向かう方向で進めて行きたいと思っています。


2009年5月25日月曜日

NPO法人八ヶ岳ヒューマンエナジーの総会


特定非営利活動法人八ヶ岳ヒューマンエナジーの第三回通常総会が開かれました。
任意団体からNPO法人として生まれ変わり、なんとか三回目の総会を迎えることができました。
継続が難しいといわれる「NPO」団体ですが、皆様に助けられてやって来れました。
真価が問われるのがこれからです。

今年度の大きな事業は、日本郵政から補助金をいただきながら実行する「市民共同発電所」です。
村民からも資金を募り、公共の屋根にソーラー発電のパネルを乗せようと計画しています。
どうぞ、一口応募してください。



2009年5月20日水曜日

人海戦術


晴れてコンクリート打ちの日を迎えました。
最近の工法は、ほとんどがコンクリート圧送車という機械を使い、ドロドロの生コンを強力なポンプで自在に送ってくれます。

今回は、ウオータースライダーのような、シュートというFRPで出来たもので、届く範囲に生コンを滑り落としました。



シュートで届かない所は、昔ながらのやり方で、一輪車に乗せて運びます。
このバランスをとるのに力が要り、落とし込むのにもコツがいります。


今日は、お嬢さんも頑張ってくれました。
現場に「キャー」とかいう黄色い声が混じると、俄然おじさん達に力が入ります。

おっとっと!
お父さん、大丈夫!?
後半、全員くたびれて来て、力が抜けて来ています。

昔の普請といえば、村人全員が集まってやっていたそうですが、冗談を言いながら楽しかったんだろうなぁ、と思います。
もっとも、一生に一度の普請も出来ない人は、お手伝いに回るばかりで、せいぜい飲み食いするだけだったようですが、それはそれで古き良き時代だったのでしょう。

2009年5月19日火曜日

アウトドアコンロ


きょうはユニークなものを紹介しましょう。
元々は北欧の木こりが考案したものらしいですが、コンロにも使える丸太の利用法です。
丸太を任意の長さに切り、長さに応じて3/4〜4/5の深さまで、チェーンソーで縦に切れ目を入れて行きます。
程よく乾かしてから、真ん中にオイルや着火材を入れて点火します。
切れ目から空気が入るので、鍋などで煮炊きも出来るし、夜はスリット状のところから明かりがもれて、なかなかいい雰囲気になります。
適度なところで火を消せば、燃えかすが植木鉢にもなるという優れものです。

私たちは建材用に伐採した赤松などで、残りは薪にしかならないようなところを利用して作ります。
よく乾燥させると、煙も出ずに勢い良く燃えます。

今から用意すれば、夏のキャンプにはもってこいですね。

寿司パーティ



昨夜は、友人のKさん宅で日本海直送の魚介類ですしパーティが開かれました。
昨年に続いて二回目の開催ですが、今回も40名の参加でなかなか順番が回らず、お酒が先に回ってしまいました。
今回はなぜか近所の顔ぶれが少なく、東京・横浜・埼玉の人が多かったです。
美味しいものがあると、みんな笑顔になり、話題も尽きないようでした。


2009年5月15日金曜日

井戸水のくみ上げ


先頃ボーリングした井戸に、ポンプを設置しました。
二本パイプのジェット式ではなく、設置の簡単な水中ポンプ式を取付けました。
左の丸いところがボーリングした穴で、パイプの先端に水中ポンプを取付け、付属のひもで吊るしながらゆっくり降ろして行きます。
適当なところでひもを固定し、水中ポンプの位置を決定します。
地上部では、HIVPという塩ビ管で砂こし器を経て加圧ポンプへと接続しました。
直線配管でしたので、長いポンプ小屋を作らなければなりません。



おそるおそる電源を入れました。
配管の間違いも無く、無事吸水できました。
このあとは、せっせと建物のところまで配管を延ばして行きます。



2009年5月14日木曜日

続、鉄筋の加工


俗に「バカ棒」と言う、当てるだけで寸法が分かる木っ端を載せて、寸法をマーキングします。



てこの原理を応用した「鉄筋ベンダー」で、立ち上がりの主筋がふらつかないようにする横筋を加工しています。
100個以上作らなくてはなりません。
一つ一つ丁寧に、想いと愛情を込めて作っておられるようでした。


今日は親子で作業しています。
家族が一丸となって進めなければ、この一大事業はなし得ないでしょう。
昔は農作業や家業の手伝いで、家族は一つの事を目標に団結したものですが、文明が進んだと言って良いのかどうか、家族が共通の体験をする場面が無くなってきました。

一緒に何かを作り上げるという事は、とても大事で意義のある事だと思います。


2009年5月13日水曜日

鉄筋の加工


地中梁というベースの上に立ち上がる部分の鉄筋を加工しています。



4本の主筋をバランス良く立たせるために、いろいろと工夫を凝らしながら固定する作業です。
鉄筋はそれぞれ結束線と呼ばれる細い針金を、ハッカというクルクル回る道具で結ばれて行きます。
作業はどちらかというと女性向きですね。
ベースの鉄筋を組む時は、お嬢さんがやってくれたそうです。



ベースの上に組み立てた鉄筋を固定します。
今回は、6尺(1818ミリ)おきに丸いコンクリートの柱を作って行きます。

2009年5月10日日曜日

NPO法人富士森林施業研究所


9日10日と、富士山の麓にある「ふもとっぱら」というところへ、富士森林施業研究所というNPOの定期総会に行ってきました。
風の森では、「ふもとっぱら」の竹川さんのところから杉やひのきの原木をいただいています。
そんなご縁から、「山の木を使う立場でNPOの理事に」という要請があり、この2年ほど勉強させていただいています。



かつてご先祖様が、武田信玄の部下をしており、見えている毛無山の山頂から「見えるところすべてを領地として分け与える」と賜ったそうです。
昔この山は金山としても栄え、江戸時代には金山奉行も務めていたとか。



手直しされながら住まわれているご自宅は、400年前のものらしい。
映画の舞台として何度も使われたそうです。
この門に見覚えはありませんか?
同じ集落の貸家は、映画「よみがえり」の舞台でもあったそうです。
私も二度ほど泊めてもらいました。


「ふもとっぱら」は、かつて東京農大で使っていたところで、様々な施設が残っています。
今日は、「Love the Earth YAMAHAというイベントの協力で、日本の森についての様々な勉強会を企画しました。
NPOの理事4名が講師となり、日本の森の現状やこれからどうして行ったら良いのかというお話しでした。


チェーンソーアートの実演です。
この方は日本の大会でも5本の指に入る腕前だそうです。


実際に木こりさんたちが、従来のチェーンソーを使った間伐の仕方と、最新式のプロセッサーという、日本の樹木に合わせた伐採マシーンの実演がありました。
最後に記念樹の植樹祭をして終了となりました。

2009年5月7日木曜日

壁塗り終了


シンプルライフFさんのお宅は、この連休で室内の塗り壁を全部仕上げたようです。
連休中はこちらも忙しく、お邪魔することができませんでした。
今日うかがってびっくりです。
リビングから玄関へ向かう壁に、家族全員の右の手形がありました。
一生の思い出ですね。
今日は設備屋さんが作業していたので、改めて報告します。


2009年5月3日日曜日

チェルノブイリ


風の森で大工の親方をしている遠藤が、旧チェルノブイリ原子力発電所のあるウクライナ共和国に行っています。
前々から支援をしている「チェルノブイリ救援・中部」の「ナロジチ再生・菜の花プロジェクト」のメンバーに同行した昨年に引き続いて、三度目の訪問です。
今回は、「バイオガス製造プラント」の試験モデルを立ち上げる技術者として、同じ長野県の原さんと二人で訪問しています。
「技術者と言っても、土木作業員だ!」と本人が言っていたように、現地では過酷な労働が待っていたようです。
材木を頼んでは、製材所に連れて行かれ、自分で好きなように製材して使えと言われ、砂利をオーダーすれば、トラックにスコップで手積みして持って行くように言われ、日本との違いに散々な様子です。



5月2日は、午前中で作業を切り上げ、16km離れたボロトヌィツャ村まで、2時間弱の馬車の旅を楽しんだようです。

 

訊ねた先の農家では、ウオッカをしこたま勧められ、帰りは千鳥足でバスに揺られて帰ってきたそうです。
車よりも圧倒的に馬車の数が多く、原発事故さえ無ければ、のどかで豊かな農村のままだったろうという報告です。

本当は人ごとではないと思うのですが、、、。
それにしても、誇るべき遠藤と原さんです。


2009年5月1日金曜日

建て前・屋根工事


昨日今日と二日間にわたって、建て前と屋根工事をしました。


整然と並んだ屋根の垂木に面戸板を取付けています。
彼女が足をかけているところが、行き桁と言うところです。
この行き桁と垂木とは、段差があって、外から風や雪が舞い込んできます。
それを防ぐために取付けられるのが、面戸板と言う物です。
垂木の間に入れる、戸板ですね。

この後、垂木の先端は、同じ長さに切り揃えられ、その先端に鼻隠しと呼ばれる板が取付けられます。


3寸(約9センチ)の垂木の上に、化粧野地板を張っています。
建前に続いて、一日目の作業なので、万が一の天候を考えて、部屋になる部分だけ先行して野地板を張っています。
今回も野地現しという工法で、垂木と杉の化粧板が見える仕様です。
面戸板も、部屋になる部分だけに取り付けられました。
垂木の先端に鼻隠しも付きました。


これは、40ミリの厚みのある鼻隠しのジョイント部分です。
脂がたっぷり入っていて、とても水に強いカラマツ材を使っているために、風の森オリジナルのねじれ防止の工夫をしています。


二重破風板(屋根の勾配に添って、鼻隠しと同じ物が付けられます)と二重鼻隠しが付いたところです。
二枚目の物は、2寸1分(約63ミリ)引上げて取付けます。
これは、二重垂木の寸法と杉の粗野地板が収まる寸法です。
1寸7分の二重垂木と1寸3分の断熱材の差のところ(約12ミリ)が通気層になって、暑さ寒さから家を保護してくれます。



ケラバといって、家の三角になっている壁の外側です。
屋根の板金の折り返しまで含めると、1m50近く外に張り出しています。
高温多湿の気候に合わせて、なるべく風雨にさらされないように屋根を大きくとっています。
こういったところは、坪いくらで単純に比較してほしくないところですね。


面戸板から上の部分に断熱材が入りました。
手前に積んであるのが、杉の粗野地板です。
ほとんどの家は、野地合板という耐水性の合板を使っています。
材料費の事もありますが、職人の手間はずいぶん違ってきますが、風の森では、こんな見えないところでも無垢材にこだわっています。


そして防水紙を張って、板金工事を待つところです。

連休前のガッツで、二日目の作業も完璧。
残った時間で、本筋違いを取り付け始めました。

床根太の下地である、大引と、本筋違いまでで「巣立て工事」終了です。
今月3日から、ご本人による造作工事が始まります。

どんな具合か、ときどきレポートしましょう。